食堂委員会
まとめ

特別編【俺がママンミッションになった訳】第一部

40 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/14(金) 11:04:17 ID:/E4uox7IO
>>39ぉK
取り敢えず

【俺がママンミッションになった訳】
第1話

当時、俺の生活環境は、父の実家の近所のマンションに親子三人で暮らしてました。
父は、サラリーマンをやりながら、実家で空手を教えてました、俺も習ってました。(途中で辞めたけどね)
母は、その頃、近所の子供達に書道を教えてました。(今は大人相手です)
俺がまだ小学校の三年か四年の頃、表面上は、仲の良い普通の家族でした。
多分、その頃なんだと思うけど、父に女が出来たらしい。
それまでは、夫婦喧嘩もあったけど、至って普通の環境だったのが、父が偶にしか家に帰って来なくなり、母も書道教室が忙しくなり、俺は家に一人で居る時間が増えました。
今思うと、寂しくて構って欲しかったのかもしれないけど、学校でよくイタズラ(同級生の靴を隠したりですw)をするようになってた。


つづく


45 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/14(金) 11:51:20 ID:/E4uox7IO
>>40のつづき

【俺がママンミッションになった訳】

第2話

暫くすると、父と母の間で離婚話しが持ち上がった様だ。
だが、俺が居たからか、まだお互いに気持ちが残ってたのかは知らないけど、二人共離婚に踏み切れず、父が女と別れる事で合意したらしい。
離婚は踏み留まったとはいえ、以前とは違い家庭内から笑顔も笑いも消えてしまっていた事を覚えている。
俺は、冷たい空気が流れる家に居るのが嫌で、よく友達の家に泊まりに行く様になってた。

そんな環境のまま、一年ぐらい暮らしていたが、俺は相変わらずイタズラを繰り返し、少しづつイタズラがエスカレートしていった。
ある日、あまりにも*)エスカレートしていった俺のイタズラを見かねたのか、手に負えなくなったのか、学校から家に連絡が……。
その日、家に帰ると玄関で母が…今の母からは、想像出来ない程、怖い形相で待ち構えていた



*)とは言え、友達の色んな物を隠したり、先生の靴にオシッコかけたりの可愛らしいイタズラでしたwww
つづく

60 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/14(金) 13:21:40 ID:/E4uox7IO
>>45の続き

【俺がママンミッションになった訳】

第3話

普段では考えられない形相で俺を待っていた母は、帰って来た俺を見るなり、ビンタを喰らわす。
あの時、母は怖い顔の侭で涙を流して、ひたすらビンタを繰り返した。
何故か避けちゃいけない様な気がして、俺はされるが侭に叩かれ続け、その場に寝転ぶ様に倒れ込んだ。
母は、俺の腹に乗り、涙を流しながら、繰り返し繰り返し俺の頬を叩いた。
どのくらいそうして叩かれたか覚えてないけど、二、三日は頬の腫れがひかない程たたかれ、学校を休まされた。
(予め言っておきますが、当時、母は精神的に病んでたと思う)
それからだろう、俺が何か失敗したり、先生から連絡がくる様な事があると、鬼の形相で涙を流しながら俺を叩く様になりました。
俺は、叩かれると暫くは、大人しくしていたんですが、忘れた頃に、また何かやらかし、叩かれ続ける→大人しく→何かやらかす→叩かれるを繰り返しました。
つづく

62 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/14(金) 13:23:28 ID:/E4uox7IO
>>60の続き

【俺がママンミッションになった訳】

第4話

その頃はまだ、俺が何かやらかすと鬼の形相で叩く母だったが、普段は優しさで包んでくれたので、嫌いでも恐れてもいなかった。
そう言えば、この頃、母と二人でよく出掛けたのを覚えてる
ハイキング、遊園地、動物園、水族館、等々のレジャー施設やドライブとか買い物(この頃から母の買い物は長かったwww)とかにもよく行ってたなぁ〜。
ハッキリ覚えてるのは、二人で(今度行く)温泉に行った事かな。
一緒に温泉に入った時、母の裸でおっきしてしまい、恥ずかしくてずっと温泉に浸かっていたら、のぼせそうになってしまい、タオルで前を隠して湯船からでたが、タオルが盛り上がっていたからバレて、母が苦笑していたのは秘密ですwww
まあ、まだ、どこにでも居る普通の親子でしたよ…。

でも、ある時期を境に母は激変した。

つづく

107 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/14(金) 20:18:45 ID:/E4uox7IO
>>62の続き

【俺がママンミッションになった訳】

第5話

俺は、相変わらずイタズラ→叩かれる→大人しく→イタズラ→叩かれるを繰り返しながらも愛されていたと思う。

そんなある時期、また父に女が出来た様だ。

家庭内が冷え切り、父も寂しかったのだろう(只の女好きだったのかもしれないけど、故人なんで多少の優しさをw)
キッカケはそれだろう、それまでは、何か悪さをした時に叩くだけだったのが、チョットした失敗(醤油を零したとか)をした時や、口答えをした時にも叩く様になった。
酷い時には、風呂桶で水をかぶせたり、痣になる程ツネったり、食事を与えてくれなかったりと、世間で虐待と言われる様な状態になっていきました。
俺も段々、母から離れる様になりましたが、理由をつけては、虐待を繰り返され、母を恐れる様になりました。

父も薄々は気付いていたでしょうが、特に何も言わずに時は過ぎていきました。
つづく

126 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/14(金) 21:24:37 ID:/E4uox7IO
>>107の続き


【俺がママンミッションになった訳】

第6話

虐待は益々エスカレートしていき、学校での俺からも笑顔を奪っていく程でした。
身体測定で裸になった時に
先生から「どうしたんだその痣」と、聞かれたが、
秘密にしなければ、と思い、「空手の練習で…」と、惚けたつもりだったけど、不審に思った先生から家に電話がきた様だ。
電話のお陰か、暫くは、母からの虐待も止んだので、安心していた…………その後の地獄も知らずに。
そう、地獄だった。あの頃は、生きるのが辛かった…死んでしまいたかった。

暫く止んでいた虐待がまた始まったのだ。
それは、以前よりも激しく、そして頻繁になっていった。
学校も休みがちになり、先生が家に来る事もあった、すると、数日虐待は止むが、完全に改善される事はなかった。

それでも俺は、母を完全には憎めなかったし、まだ、どこかで愛してもいた。
あの日がくるまでは………。

つづく

181 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/15(土) 05:13:02 ID:bhROC9UKO
>>126の続き

【俺がママンミッションになった訳】


第7話

あの日……あの日、俺は、学校に行く気がせず、何時も通りに出掛け、公園で時間をつぶし、母が出掛ける頃を見計らって家に帰った。
学校に「気分が悪いから休む」と電話をし、自分の部屋で寝ていた。
暫くすると、玄関が開く音と、出掛けた筈の母の声が……。
「やばい、また怒られる」と思ったが、学校に電話した通り、「気分が悪い」と押し通すつもりで、部屋で寝ていた。
しかし、何時まで経っても母は部屋に来ず、不審に思った俺は、自分の部屋を出てリビングへ

そこで、一番見たくない出来事を目撃してしまった。
(詳しく書くと三流どころか、四流官能小説になるので簡潔に書く)
そこには、裸の男と母が抱き合ってキスをしていた。
俺はその場に呆然と立ち尽くした。
母と男も俺に気付き、慌てて服を着て、俺に言い訳をしていたが、俺は何を言われたのかよく覚えていない。
(最近になって母に聞い事だが、あの時の相手は、習字教室で道具を注文していた業者の人だそうだ)
この後、母の態度は一転した。

つづく

225 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/15(土) 15:35:58 ID:bhROC9UKO
>>181の続き


【俺がママンミッションになった訳】

第8話

あの日、母に言いくるめられて、と言うより、何もかもどうでもよくなってしまった俺は、父にも告げず、ただ、ただ日々を過ごした。
俺に対して、何度も謝り、虐待を止め、妙に優しくなった(母が家に居る事が少なくなったけどね)母だが、男とは続いていた様子だった。
どころか、俺に見つかった事で開き直ったのか、父が居ない日は、夜でも平気で出掛ける様になってた。
俺は、母にも父にも嫌悪感と不信感を抱く様になっていた。
そんなある日の夜、俺は誰も居ない家で夕食と入浴を済ませ、テレビを見ていたら何時の間にか寝てしまっていたが、フッと気付くと、玄関が開き、父と母の言い争いが聞こえてきた。
断片的に覚えているのは、母が父に「貴方なんか、結婚してから何度も何度も……」とか、「全部私に任せっきりじゃないの」とか、父を責める言葉でした。
どうやら、送ってもらった場面を父に見られたらしい。

リビングに入って来てからも俺に構わず、言い争いは続いた

つづく

226 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/15(土) 15:37:06 ID:bhROC9UKO
>>225の続き


【俺がママンミッションになった訳】

第9話

リビングに入って来た父と母、最初は俺に気付かなかった様で、言い争いを止めずにいたが、俺に気付くと、二人共、取り繕う様に
「起きてたのか?」とか、「もう寝なさい」とか、言い争いを白けて聞いていた俺を部屋へ追いやり、また言い争い
どうやら母は、浮気を惚け切ったのか、父が追及仕切れなかったのか知らないが、家族の終焉はまだ先に延ばされた。
俺は部屋で、言い争いを聞きながら、益々醒めていった。

次の日から暫くは、父も早く帰るって来る様になり、母も夜は家に居る日が続いた。
とは言え、終焉は、すぐ側まで来ていた。

その日、俺は珍しく朝から学校に行き、授業を終わりまで受け帰宅した。
帰宅すると、会社を早退したのか、休んだのかは、分からないが、ソファーに向かい合って睨み合う父と母
離婚の話し合いだった
結局、母も浮気を開き直って、父との結婚生活と、三人での家族生活にピリオドを打つ腹に決まったらしい。


つづく

282 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/15(土) 19:16:57 ID:bhROC9UKO
>>226の続き


【俺がママンミッションになった訳】

第10話

離婚の話し合いは、俺の親権問題(どちらが引き取るか)で、父と母それぞれの実家を巻き込んでの大喧嘩に発展した。
一時は、弁護士を挟んでの争論になりかけたが、俺自身が、止んだとは云え、母の虐待と目撃してしまった痴態に嫌気がさし、父の元に残る事を告げ、その通りに決着した。
母が出て行った日の朝、俺に「ごめんね。これが最後だから」と言って泣きながら俺を抱き締め様としたが、俺は拒否した。
玄関へ向かう母の寂しそうな背中を今でも思い出す。
この時の正直な気持ちは、「やっと解放された」と安堵していたと思う。
その後、二年くらいは母に会う事はなかった。(俺が拒否し続けた)

母が出て行ってから暫くは、父と二人の生活だったが、父が家に女を連れ込む様になった。
その人は、父の前では、俺の事を可愛がるフリをするが、父が居ない時など、料理どころか、家事全般を俺に押し付ける様な人だった。


つづく

284 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/15(土) 19:20:41 ID:bhROC9UKO
>>282の続き


【俺がママンミッションになった訳】

第11話

家事を押し付けられる事に嫌気がさした俺は、「父に言っても無駄だ」と思い、父方の祖母に相談し、父と父の実家の人達が話し合い、俺は父の実家に住む事になった。
父の実家には、祖父母、叔父夫婦と二人の兄妹の計六人家族、そこに転がり込んだ俺。
初めは、普段から出入りしていたせいか、特に嫌な目にも遭わずのんびりした日々だったが、俺が中学に入学する頃には、叔父は兎も角、叔母が俺を疎んじ始めた。
理由は、元々、内気な性格だった上に、虐待のせいで益々内向的になってたダメな子の俺が、
「空手で従兄を上回ってしまったから」ではなく(従兄、やたら強かったw)
多分、陰気な俺が気味悪くなったのだろう(もう悪戯しなくなってたから)

中学に入学してから、俺は荒れた。
毎日の様に喧嘩に明け暮れた

(口喧嘩ねw殴り合いは、今まで小学生の頃に一度だけ)
体デカいし、空手やってて「強い」と思ったのか、相手が退いてくれたんです。(俺、弱いのにorz)

つづく

285 名前:以下、名無しにかわりましてママシがお送りします :2005/10/15(土) 19:22:40 ID:bhROC9UKO
>>284の続き

【俺がママンミッションになった訳】
第12話

まあ、中学の始めの頃は、そんな生活をしてた。
居候先でも、碌に口もきかず、陰気に過ごしていたせいで、始めは叔母だけだったのが、叔父や従兄弟にも疎まれ出した。
今、思い出すと「ガキだなぁ〜俺(今でもガキだけど)」と、恥ずかしくなるが、当時は、寂しさとか抱えてた苦痛とかのやり場がなくて苦しんでた。
この頃より少し前(中学に入る直前ぐらい)から時々、母に虐待される夢を見る様になり、荒れた原因の一つです
この頃が一番辛い時期だったかもしれない。
居候先の人達に必要最低限の事以外は無視されてたし、父とも殆ど会わなかったから。(中1で空手も辞めた。父も教えるの止めてた)
学校ではまだマシだったけど精神的に病んでた。中学の時に心療内科に通院し始めました(高校に入っても、カウンセリングを受けてた)。
無視されるようになり、母に虐待されてた頃が少しだけ懐かしくなってた。(俺が構ってチャンになったのは、無視されてたのが原因かもわからんねw)
もう、居候先では限界だったので、中1の途中から、また父と二人(前の女とは別れてた)で暮らす事になった。
第一部完